地方税法施行50周年記念懸賞論文入選

「これからの地方税」


浅野 詠子

(平成12年作品 懸賞論文事業主催=自治省)


序 章
第一章  納税者不在の20世紀日本
第二章  財政に民主主義を
(一) 財政への住民参加を探る
(二) ミルトン・キーンズ市に学ぶ
第三章  地方税を増やす実験
(一) コップ一杯の水にも山村の税源を
(二) 配偶者控除を男女参画社会の財源に

序 章
 英国ロンドン近郊の20万都市、ミルトン・キーンズ市で99年2月、地方税の増税率を市民の決定に委ねるユニークな住民投票が行われた。その結果、行政サービスの質的な向上を求めた市民が、約10%もの居住用固定資産税の引き上げを選んだ。
 英国自治体の歳入に占める地方税比率は、日本と比べるとかなり低い。住民投票の背景には、増大する市独自の財政需要と中央政府が配分する交付金の間に生じる大きなギャップがあった。
 今回の事例は、税と住民の距離が接近した新しい社会像を映し出している。市議会は投票前、増税と行政サービスの関係を明確に説明した。投票率は高く、税に託す住民の信頼が感じられた。
 2000年4月、日本は地方分権関連の法律を施行し、新しい地域づくりに扉が開かれた。国と地方の主従関係の転換、そして対等・協力な関係づくりに向け、財政健全化と両輪になる地方税の拡充が急がれる。そのためにも、自治体は納税者が政策に参画する手法を開拓し、税の信頼を高める必要がある。
 分権関連法の成立に伴い、「財源の移譲なき分権は問題」とする批判が相次いだ。こうした論議において、印象に残る言葉がある。それは、分権推進委員会のある委員が「自分の地方は一体何をしたいのか。そうした主体的な意志さえないのに、『財源をよこせ』と主張するのはおかしい」という趣旨で話していたことだ。
 「なるほど」と、心に響くものがあった。権限や財源の移譲は人口規模による必要はなく、自治体のやる気と能力、そして住民参加の3点を条件にしてもよのだろう。本論文における3章「地方税を増やす実験」の素材は、山村の振興および男女共同参画社会の推進という、地方自治の身近な問題に絞ってみた。「こうありたい」と願う地域住民の切なる声を原点に、地方税の拡充を提案した。

第一章 納税者不在の20世紀日本

 政策というものが批判される時、「納税者の権利が侵害された」と言及されることがある。 しかし、今世紀の日本で、本物の納税者は存在したのだろうか。市民は「税を納める」と いう意識より、「税を取られる」という発想をしがちだ。税とは本来、人間同士の協力関係 を軸に、明日の暮らしを「託す」ものではないか。
国税、地方税を問わず、増税に対する住民の警戒心は根強い。政治不信の現れとも言え るが、高齢社会に対する不安は拭い難く、納税より貯蓄に人々の関心が向いている。選挙 公約は往々にして減税がアピールされ、同時に高齢福祉の充実が語られる。市民はそうし た矛盾にとっくに気付いているゆえ、主権を行使するはずの投票行動にも消極的だ。平成 八年の前回総選挙では、投票率は史上最低の六〇%を割り込んだ。地方議員選挙も都市部の 自治体になると、三〇〜四〇%台の非常に低い投票率となる。
 平成十年七月の参院議員選挙で、ある候補は、国と地方のパイプ役を強調すべく、こん な演説をした。「四兆円の予算を握る建設省に、局長クラスの友人がたくさんいます。みな さんの地域に三十億円や四十億円のお金は簡単にもってこれます」と。「郷土を思うあまり の発言」と、後援会の役員は言い添えた。
ちょうどそのころ、地方分権推進委員会が第二次勧告を出し、機関委任事務の全廃が打 ち出されたが、候補者の言い回しは、旧来の国と地方の関係をよく表している。 「財政錯覚」という財政用語がある。財政学者の吉田和男氏は「議員や首長が中央官庁 から補助金を引いてくると、そこの住民はなにか儲かったような気になる。国から来た金 はもともと自分が払った税金であるが、“直接の関係”が目に見えないため錯覚を起こす」 と見る。従って、地方分権を支える財政の民主主義を構築するには、「財政錯覚の小さな財 政制度を設計することが重要だ」と説く。
 あの候補者が「お金をもって来ます」と言ったのは、もちろん補助金のことである。補 助金がもたらす中央集権的な体質は、統合補助金の導入により、緩和される見通しはある。 だが、現存する補助金がいまだに、自分たちの暮らしとどう結ばれ ているのか、「直接の関係」は見えにくい。税の使途を決する地方議会は、首長が提案する 議案の「表決要員」になりがちで、財政の民主主義を実現していない。議場の質問さえも 職員に作らせ、質疑応答のすべてが台本通りのセレモニーとして進行することもある。緩 和された議案提案権も、まだ生かされてはおらず、理事者側の追認機関のような存在だ。 ある市役所の窓口で、「公共事業に無駄がある」と批判した住民に対し、職員はこう返し た。「みなさんが選んだ議会で決まったことです」。
税を負担することと、それを何に使うかを、まったく別の次元と位置付ける方法は、「歳 入・歳出分担論」とも呼ばれる。分権時代は、住民が財政に参画する可能性を持っており、 単純な分担論は、住民の財政不信を助長する恐れがある。


第二章 財政に民主主義を

(一) 財政への住民参加を探る

 自治体活動の根幹を表す予算書や決議書は、一読するだけではほとんど内容をつかむこ とができない。分権社会において、自主財源をはじめとする税の役割はいっそう市民に身 近なものとなるべきだが、無味乾燥のような数字の羅列は、まるで遠い世界の出来事のよ うである。
 そこで、地方税の信頼を高める手段として、住民はどうしたら財政に参画できるかを探 った。
 自治体の新年度予算は毎年十二月ごろ、主要部分が決まってくる。この時点までは、公 選で信任された主張のリーダーシップや発想がモノを言うが、次の新しいステップとして、 住民向けの分りやすい「提案書」を十二月下旬頃に配布したらどうだろうか。
 「提案書」には、新規事業の導入案や廃止する事業の理由をはじめ、継続事業の予算の 増減とその理由など、特徴を盛り込む。そして一定期間、図書館や文化会館、コンビニエ ンスストアなど、住民の目に触れやすい場所に配布する。
 住民が自由な意見や要望を言えるよう、提案書の巻末には、A4判一〜二枚程度の返信 用紙を付けておく。住民の返信は原則として、地方議員が受け付け、一月末ごろに締め切 る。住民はいかなる議員に渡すこともできるが、主権を行使する気持ちで返信することが 望ましい。
 戦後長らく、地方議会の議論を形骸化させてきた慣行は、議員と理事者側との「根回し」 である。議場の裏側で、新規事業の導入や予算の増減が決まることが多く、従って、議場 で審議されるはずの予算案は、すでに「終わっている話」になりがちである。
 「根回し」を廃した新しい「提案書」の導入により、新年度予算を審議する三月議会は、 住民の関心が高まるはずだ。これまで閑散としていた傍聴席に、新たな緊張が生まれるだ ろう。議会に人が集まれば、議場は活性化する。地方政治のダイナミズは、市民一人ひと りがつくっていくのだ。「提案書」の導入により、新たな経費が必要になるが、地方財政へ の信頼という、かけがえのない財産を創出できるのである。
 同時に、税の使途を表す決算書についても、もっと分りやすい書式に改める必要がある。 監査委員の改革も急がれる。首長が選任して議会が同意する委員に加え、住民の中から抽 選で一定数の委員を選べば、税の使途の監視に「健全な市民感覚」を生かすことができる だろう。
 税の配分を決する議会“本体”の改革は言うまでもない。まず議員報酬はその多寡から 論じるのでなく、個々の議員が行った仕事の成果を厳しく評価し、報酬に反映させるべき である。ここで、議員に支給する報酬を審議する「報酬委員会」の設置を提案したい。ま ず議員は、年間の仕事の内容を委員会にくわしく申告する。本会議や委員会への出席日数 はもちろん、質疑のやり取り、議員提案による条例づくりの経緯と成否、自治体に対する 監視活動の状況、地域住民とのコミュニケーションのもようなどを報告する。
 これをもとに市民から無作為で選ばれた委員らが一定の方式で査定し、議員報酬にメリ ハリをつける。報酬の全体額はあらかじめ決まっているため、査定は相対評価となる。そ こで議員は地域の課題に敏感となり、住民ニーズの吸収にも真剣にならざるを得ない。地 方議員同士が政策で競い合う時代を早く築かねばならない。

(二)ミルトン・キーンズ市に学ぶ
 九九年十月、英国ロンドン近郊の二十万都市、ミルトン・キーンズ市を訪問した。その 年の二月、市議会は地方税(居住用固定資産税)の増税率を住民投票にかけ、行政サービ スの質的向上を求めた市民が約十%もの増税を選択。これをもとに新年度予算が編成され、 執行されていた。
 分権社会に移行する日本の自治体の財政責任はどうあるべきか。そして財政における民 主主義はどう進展させたらよいか。ミルトン・キーンズ市の実験を通して、何かヒントを 持ち帰りたいと考えた。
 八〇年代の英国は、保守党サッチャー政権の下で、強力な行革が推進された。「富の創造」 を旗印に、所得税は大幅減税となり、企業の自助努力を促すために産業補助金は圧縮され、 一国全体の経済力は確かに浮揚した。しかし、徹底した受益者負担論の下で、地方の公共 支出は著しく抑制された。このため、英国の自治は後退を余儀なくされたのである。
 九〇年代に入ると、保守党行革路線の一環として、主要な地方税目だった非居住用の固 定資産税が中央政府の権限に移って譲与税化された。自治体歳入における自主財源比率は、 今や、往時の三分の一程度の一七%前後にまで落ち込んでいる。日本と比べると、かなり 低い比率である。
 九七年の総選挙で圧勝したブレア労働党政権は、「質の行革」を掲げ、政策評価における 徹底した数値化などを進め、自治体改革に熱心ではあるが、地方税源の強化は先送りのよ うな状態だ。
 分権関連法が整備され、自治を高める分権社会に船出したわが国においても、税源移譲 は今後の重大な課題である。一方、地方の課税自主権は拡大しており、その点を照らし合 わせても、ミルトン・キーンズ市が踏み切った「増税レファレンダム」は、示唆に富んで いる。
 行政の執行権を有する市議会が住民投票を提案した要因は、中央政府が配分する交付金 の算定基準(標準支出査定)に問題があったためと見られる。
 大型工業団地と住宅地の開発から約三十年。「職住近接型」のニュータウンとして発展す る同市は、学齢人口と老齢人口の双方が増加傾向にあるが、こうした市独特の財政需要に 対し、交付金の算定が正確に反映されておらず、厳しい批判があったようだ。市議会は、 教育と高齢福祉の拡充を同時に迫られていたのだ。
さらに市の財政を硬直化されている要因の一つに、同市に移譲された新たな権限にまつ わる問題がある。市は九七年、県の権限を併せ持つ「ユニタリー」に移行した。人口や財 政規模から見ると、わが国の“中核市入り”といったところだ。従来の事務に加え、公共 交通や社会福祉、ゴミ処理などの分野で権限が移譲されたが、「自己決定の範囲が拡大した ことは歓迎すべきだが、それに見合う予算配分が乏しい」と市の幹部職員は語った。
 こうした状況を直視した市議会は、ついに財政の住民投票という実験に乗り出したの だ。住民投票は通常、争点の政策に対し、「イエス」か「ノー」かを問うスタイルだ。しか し、ミルトン・キーンズ市の場合は、三つの増税率案「五%」、「九・八%」、「十五%」を 住民に提示した。各税率が個々の政策にどう影響するかを全有権者に詳しいリーフレット で説明し、選択してもらうという方式である。
有権者十四万九千人のうち、四四・七%が投票した。九八年の同市議選投票率がわずか 二六・二%だったことを比較すると、市民の関心は高かった。
その結果、投票した住民の半数近い四十六・三五%が「九・八%」の増税を選択した。 十五%の増税案に対しても、二三・六%ものの人々が賛成。五%の増税案も、三〇・〇五% の支持があった。
投票結果を元に算定した増税の課税明細は九九年三月、市民に配布された。市は約六百 万ポンドの増収となり、総額約一億千八百万ポンドの九九年度予算が執行された。同市議 会は公約通り、ミニ路線バスの開発をはじめ、障害者のノーマライゼーションを促進する 市街地整備などを進めている。
これら一連の動きを、中央政府は警戒した。ブレア労働党政権は、保守党政権が地方の 歳出を強制的に押さえた「キャッピング」制度を廃し、税率制限の廃止にも前向きな姿勢 を示したが、地方税の過大な増税に対しては、新たな留保権を有している。
 このため、ミルトン・キーンズ市の二〇〇〇年度予算は住民投票にかけられず、政府が 容認する五%程度の増税に抑えたもようだ。しかし、市議会が敢行した「増税レファレン ダム」は、自治体と納税者の双方が責任ある意思表示をした貴重な実験だった。


第三章 地方税を増やす実験

(一) コップ一杯の水にも山村の税源を

 第二次大戦後の荒廃した国土は、「アジアの奇跡」と呼ばれるほど急速に発展した。国民 生活全体の底上げに中央集権制度が果たした一定の役割は、冷静に検証されなければならない。
しかし、その過程で、著しい過疎化が進行した山村をどう活性化させるかは、分権社会に おける重要な課題である。国土の三分の二を森林面積で占める日本の姿こそ、「先進工業国 の奇跡」として、私たちは新世紀に受け継ぐ使命がある。
 ここで年間三十九兆円とも試算されるわが国森林の公益機能を重視し、山村の地域産業 である人工林の活性化を目的とする水源税を提案したい。導入への第一段階として、市町 村が供給する上水道にかかる消費税分を、まず地方税化する。その使途は人工林の活性化 政策に限定し、水道の受益者である都市住民が、水源地を納税する。都市と山村の協力関 係の強化をスタートとするが、中期的な目的は、国産材が地場産業として復興することで あり、産地をかかえる自治体の税収を増やすことが狙いである。
 水没世帯が西日本一とされる大滝ダムの建設が進む奈良県吉野郡川上村で、若者がこん な標語を作ったことがあった。「のぞいてみませんか。コップの水の故郷を」−。十五年も 前になるが、都市住民の水ガメとして変貌する郷土の姿を知ってもらおうと、捻り出し たのだ。ダム建設は過疎に拍車をかけたが、村は全国でも屈指の人工林を有し、今も国産 材の振興と格闘する人々の姿がある。けれども、蛇口をひねって出てくるコップ一杯の水 の故郷はどうしているのか、これを受益する都市住民はほとんど知らない。
 わが国は六七四万ヘクタールもの人工林を有している。林業は五百年に及ぶ伝統があ り、優良住宅の根幹をなす木材を再生産しながら水と空気を生み出す。その姿はまさに環 境保全型産業と位置づけることができる。しかし、今や国内木材供給量の八割までが外国 産材だ。その原因について林野庁は「国内の林業は総じて急峻な地形で営まれ、効率的な 経営が困難だった。このため、昭和三十年代以降の丸太輸入自由化の流れに十分、対抗で きなかった」と見る。森を育てる技術者は、高齢化の一途をたどっている。
 山村の課税ベースは非常に乏しく、年間予算の半分を地方交付税で占める自治体も多い。 林業の構造不況により、観光・リゾート開発に力を入れる村が増加し、基幹道路の改良や 新設も目覚しいものがあるが、公共交通機関のバス路線が減少し、交通弱者は住みづらく なった側面も生じている。
 多くの村は開発資金の借り入れ手段として、交付税の算入措置が三〇%〜五〇%と高い 「地域総合整備事業債」を活用し、地方単独事業に臨む。起債に交付税措置があるものの、 借金返済のための公債費が歳入に占める割合は、自主財源の豊富な財政力指数の高い都市 部の自治体と比べ、山村の方が概して大きいと見られる。このため、山村によっては、人 工林を育成する林業予算より、公債費のほうが高くなっている。
 村税の収入が年間予算のわずか数パーセントしかない自治体は、財源のとりやすいメニ ューを選択する。この十年間で総額四百三十兆円に及んだ「公共投資基本計画」は、小 さな山村も縁の下で支えたことになる。その傍らで、植林されないままの伐採跡地が次第 に増え、「山が砂漠のようになる」と村民は嘆く。
 使途を人工林の活性化に限定した水源税を提案したのは、こうした複雑な背景にもよる。 山村が保有する貴重な木材資源を荒廃させるのは、長い目で見れば大きな損失である。
 第一段階として、自治体の水道局が国に送っていた消費税分を地方税化し、目的税であ る水源税とする。一世帯が水道料に払う消費税を年間二千円と仮定すると、四千万世帯か らの税収は年間八百億円。これに企業や公営施設の納税分を加えると、年間千二百億円程 度の財源が確保できるのではないか。わずかな額だが、地方財源の拡充は、積み重ねの実 績が大切である。
 税は、地域産業としての人工林を有する約八百市町村に配分する。その数は、全国市町 村数の四分の一にすぎない。だが、府県税である軽油引取税の増税分に相当する補助金が、 運輸省管轄の公益法人であるトラック協会に毎年交付されている実態と比較しても、十分 妥当である。
 水源税は一旦事務局に集められ、その後、民有林の経営規模などに応じて、町村に個別 に配分する。税収を得る自治体は、水源税の監視委員を設置し、間伐面積や植林面積、木 材の市場供給実績など、森林の保全に税が生かされているかをチェックする。
 水源税は、森林の公益的な機能に意味をもたせている点で、環境税の概念と共通する部 分がある。平成八年、環境庁に事務局を置く「環境に係る税・課徴金等の経済的手法研究 会」が第一次報告を出したが、この中に、環境税導入の賛否を問うアンケート結果があっ た。
 これによると、「賛成」が十二・四%。「どちらかというと賛成」が三三%だった。一方、 「反対」は十二・二%、「どちらかというと反対」は二五・一%だった。
 調査は、二十歳以上の男女二千人を対象に行い、有効回答数は一四四五.賛成派の総数 は四五・四%と、反対派の三七・三%をやや上回った。
 反対した人の理由として、「家計の負担が重くなるから」と回答した人が最も多く、全体 の五二・四%にも上った。やはり、税は「取られる」という回答が三五・九%あった。税 の信頼回復のためには、使途が明確な目的税の果たす役割は大きいと思われる。
 今回提案した水源税の課税方法は、山村の自立財源拡充の一案にすぎない。平成六年、 和歌山県の前本宮町長が提唱した森林交付税の「創設促進連盟」(加盟自治体、約八百市町 村)は、山村振興のために一兆九千億円の税源確保を目指しており、過疎地の分権の 推進には、こうした団体との連携も大切であろう。

(二) 配偶者控除を男女参画社会の税源に

 分権関連の法律が成立した平成十一年夏。同時期に、市民生活に身近な法律が制定され た。性差にとらわれず、人が個として能力を発揮できる社会を目指した、男女共同参画社 会基本法である。自治体は、ジェンダー・フリーの二十一世紀を創設する新たな責務が生 まれたのである。
 ここで、女性の就労や起業を促進させ、地域経済を活性化させるための地方財源の拡充 作として、性別役割分担を象徴する制度である所得税の配偶者控除・配偶者特別控除を廃 し、増収分を地方税化する提案をしたい。中期的な狙いは、働く女性の増加による地方税 全体の増収および厚生年金の財源拡充、そして消費の拡大である。
 わが国が国連の男女差別撤廃条約に調印して以来、国内法として、均等法や育児休業法 ができ、多くの自治体も女性政策課などの名称で係を設けるようになった。
 自治体は啓発行事などを通し、女性の社会進出をあおるのだが、保育所などその受け皿 の整備に消極的である。国会も均等法に若干の実効性をもたせた改正を行ったものの、労 働基準法の女子保護規定を撤廃した。このため、民間企業で男性と対等に働き続けられる 女性は、「特別の才能があるか」、「家事・育児・介護から解放されているか」等の条件をク リアする「運のよい人」という傾向が強まる懸念がある。
 女性の経済力や意思決定の度合いを示す国連の「ジェンダー・エンパワメント測定」に よると、日本は世界三八位だ。例えばエクアドルやコスタリカなど、わが国よりGNPが 低い国家の多くが、日本より上位の測定値を示し、女性が個として尊重される社会の一面 をのぞかせている。
 配偶者控除および配偶者特別控除は、女性の無償の家事労働を前提とした制度である。 これを廃し、地方税を拡充する提案はしかし、共にジェンダーから解放されるはずの主婦 と就労女性との対立を招くのであれば、意味がない。社会がつくりあげた性差による固定 的な役割を廃し、地域社会の活力を創造することが目的である。控除とは、いわば「税金 面のおまけ」であり、社会保障などのセーフティ・ネットとは異なり、市民の協力関係で 構成する税の本質をゆがめてしまう。
 ライフデザイン研究所の試算によれば、二百一万人の女性が年間平均賃金の三百三万円 を得ると、配偶者控除・特別控除がなくなり夫の増税分は二五五三億円にも達する。単純 計算すれば、各府県で働く女性が二十万人増えただけでも、毎年、二五〇億円分の税収に なる。これを地方税化し、男女参画社会整備の財源として提案したい。育児休業の権利を 得ても、地域の保育所が未整備のため、就労を断念する女性は少なくない。保育所の拡充 は緊急課題である。
 働く女性が増加することの経済効果は大きく、住民税や地方消費税などの税収増も期待 できる。さらに自治体は、個の時代にふさわしい「起業」を支援し、女性事業主への融資 枠の拡大などに取り組めば、法人事業税の増収も期待でき、地域産業の育成にもつながる。 働く女性の増加により、厚生年金保険料の支払いを免除されている「3号被保険者」の数 も減少し、年金財源の拡充につながる。
 自治体は税の使途においても、工事の発注や物品調達に際して、女性の雇用や昇進状況 を発注基準の格付け要因として加味することも可能だ。発注のポジティブ・アクションを 提唱する中央大学教授の広岡守穂さんは「自治体は、地域社会をあるべき方向に誘導する 使命も負う」と語る。
 中央政府に任せきりでは、均等法が実効力をもつまで何十年かかるか分からない。地域 の切実な現状こそ分権社会に託したい。地方政府の出番である。

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