「憲法が語られる会(OB会)」第2回記録

情報公開制度――加工されていない原情報を主権者が読み取る

2012年7月12日
浅野 詠子

 本日(7月12日)の発言者[浅野詠子さん]は、1996年に奈良県が情報公開条例を施行して以来、16年間に亘り、県庁をはじめ国や市町村などが保有する行政文書を開示請求し、ときには黒塗りのものを受けとりながらも持ち前の記者魂で倦むことなく繰り返し標的と定めた役所に足を運び「加工されていない原情報」を発掘し、それを素材に「まずは住民が使わないと、公開制度はさびつき、発展しないものだ」という信念のもとに真相解明に向けて多くの記事を書いてこられました。現在はフリーのジャーナリストとして活躍しておられる浅野詠子さんに『情報公開制度――加工されていない原情報を主権者が読み取る』というテーマで熱く語っていただきました。(発言抄録は以下のとおりです。)

 「情報公開制度」の特徴は、加工されていない行政の「原情報」が市民の目の前に開かれること。市民は開示された情報を主体的に読み取ること。そして、新しい課題の発見につなげることである。それゆえ、「情報公開制度」は、民主主義とともにある制度で、情報は民主主義の通貨と云われている。
1.わが国の「情報公開制度」の取り組みは、市町村では1982年に山形県金山町が条例を制定・施行し、都道府県では翌83年に神奈川県が条例を施行してスタートした。そして、都道府県では1996年までに全都道府県で施行された(奈良県は、最も遅い1996年の施行)。国は更に遅れて2001年に「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」が施行されて動き始めた。
:国連で論議された「世界自治憲章」の構想によると、地方自治の要件は、@人民主権の原則 A地方自治の目的の明示「自由、人間の尊厳および持続的発展」B補完性の原則(決定はできるだけ身近なところで行われるべきだ)C税財政に関する基本原則の明示。これらの要件を実現するために「情報公開制度」が必須である。
 しかし、市民が求めている情報(「加工されていない原情報の提供」)を役所は組織防衛のためなのか警戒し、嫌がるのが現状である。市民がどんな情報を求めているのか、役所は共に探すことが民主主義を内実化するためにも必要なことである。
 岐阜県多治見市の西寺雅也前市長は、選挙に際し新人候補がマニフェストをつくるとき、求めに応じ市の情報を積極的に提供しなければならない要綱を制定された。このような良い取り組みがすべての自治体に浸透するには時間はかかるが、少しずつ拡がっていくという傾向が地方自治の特質として認められる。
 取材で取り組んでいる医療観察制度では、国が情報公開に慎重で、都道府県立病院の専用病棟の会議録の方が国立病院機構のものよりはるかに公開度が高く、地方自治体と情報公開の歴史の違い、公開に取り組む姿勢に格差を感じました。
 かつて浅野史郎氏は宮城県の知事時代、『オンブズマンは敵だ、しかし、「必要な敵である」』と述べ印象に残る。
2.情報は民主主義の通貨といわれる
:秘密ほど民主主義を減殺するものはない。(1966年 米国 ラムジィ・クラーク司法長官)
:県民の知る権利を尊重し、県政を県民に説明する責務を全うされるようにすること。このため、「原則公開」の精神に立って、非公開とする行政文書は必要最小限度にとどめます。また逆に、個人の秘密、個人の私生活など個人のプライバシーがみだりに公開されることのないよう最大限の配慮をします。(神奈川県情報公開の方針より[抜粋])
:ドイツでは、情報公開法制に先立って個人保護法制が先行実施された。その理由は、個人情報を保護する思想が情報の自由、情報の流通の思想よりも優位にあったとみることができよう。(コンピュータという情報処理の武器が登場したが、再び独裁者あるいは国家権力が市民の権利を脅かすことがないように、個人情報保護法制を構築する必要がある。(ある研究者の論文より[抜粋])
:わが国では、知る権利、説明責任などが正しいものとして無批判に流行している。しかし、ドイツが国家警察であるのに対し日本は自治体警察であり、欧州にない良い点があることを知る必要がある。地方分権の度合い、自治体の条例制定権の進展はドイツより高い。(2004年 塩野宏東大名誉教授の講演「憲法と地方自治」より[浅野のメモからの抜粋])
3.保管・記録されていなければ公開もない
 『公文書管理法』の成立 2009年(施行は2011年)
 公文書管理法の成立に指導力を発揮したのは、当時官房長官・総理大臣の任にあった福田康夫氏でした。福田氏は、かつて民間企業で米国に勤務していた時に、郷里の群馬県にはない終戦直後のある写真が、米国の公文書館には存在していて、直ぐに閲覧することができたとの経験から公文書管理、公開の必要性の問題意識を持ち続けていたとのことでした。
 第1条 公文書は健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源
しかし、現状は、重要文書の誤廃棄、倉庫への放置、未作成などが各省庁・自治体で露呈。
〈作成・保存・廃棄〉など公文書管理のルールに課題(保存年限、復命書等の取り扱い)
・保存期間満了後の歴史的文書の取り扱いは?
 公文書管理は、全国的に予算が圧縮される傾向にあり、公文書管理に必要な専門知識を備えた人材が定着しにくい傾向にある。公文書館の設置も遅れており、中核市の奈良市も市庁舎の地下室で保管している。公文書は一度廃棄してしまうと、建造物のように復元するわけにはいかない。
 最近、埼玉県が保有する秩父事件関連の公文書(1万1千点)が国の重要文化財に指定されたが、これほど有名な歴史的事件にかぎらず、地域史を大事にする思想をもっと持ってほしい。米国の公文書記録管理院には、常勤の職員が2500人もいて、書架の総延長は930キロに及ぶ。
4.情報公開の体験記から
@ 奈良市議の海外旅行  調査を開始したところ、市の決算書には市議の「旅費」という項目では出て来ず、単に「国際交流補助金」として計上されており、詳細な記載はなかった。しかし、議会が保管していた「旅行命令簿」を開示したところ詳細な旅程が判明。市議らは表向きには海外の姉妹都市への親善訪問を掲げ、実際には姉妹都市ではない国にも足を伸ばして観光を楽しんでいた事実が判明した。
A 農業委員会の公費観光  農業委員会や公選で選出される農業委員は、市街化調整区域内の農地転用や新築建物のあり方に大きな影響力を有している。あるまちで農業委員会が公費で観光しているという苦情があり、開示請求したかったができるのは住民等に限定されていた。請求権者の範囲は自治体により異なっていて、「何人も」開示請求できる自治体の制度を利用して取材した。
 最終的には、「職員の復命書」の開示により、中身の乏しい研修が判明した。
B 奈良市土地開発公社の不良資産
 :2005年最高裁判決 (用地の買収に伴う価格と相手方の氏名)→これらの情報を公開することを妥当とした判決。(被告の大阪府や奈良県などは地権者のプライバシー保護を前面に、「不開示を妥当」とする姿勢を最後まで崩さなかった。)
   最高裁の判決は画期的であっても、府県側の自主的な公開でなかったため、市町村など他の自治体にめざましく波及していない。依然として、取引価格も地権者氏名も非公開という自治体も少なくない。
 外郭団体の不毛な土地買収が財政を悪化させている。一方、県内でも三郷町や生駒市は公開制度の実施機関に土地開発公社を入れ、開示に積極的。
 * 奈良市土地開発公社の問題については、浅野さんの著書「土地開発公社が自治体を侵食する」(2009.4 自治体研究社)で詳細に論じられています。ぜひ、お読みください。
5.不開示となった文書
   安易に「文書不存在」を通告されるということは、知る権利を奪われるに等しく、住民はなすすべがない。
 身近な事例として、「中小企業人材確保推進事業補助金」に関する疑惑があり、県に開示請求したところ、「文書不存在」と通告された。再度請求したところ、県の情報公開の窓口の担当者が商工課と思いこんでいたが、中小企業課に書類は存在していた。
6.裁判所の判断で不開示がくつがえった一例
 大阪府、名古屋市、奈良県の土地開発公社が買収した土地の相手方の氏名、価格の公表を妥当とした最高裁の判断が2005年、06年にだされる。
7.「情報公開審査会」の判断で不開示が一転、公開された一例
 2001年 措置入院を診断した医師の氏名を奈良県が開示(全国初)。  審査会を構成する委員の中立な人選は重要であり、また、委員会や委員を補佐する職員の力量が大切である。それを物語る事例として、水俣公害文書のケースがある。公害認定にかかわる国の文書を求め、「不存在」と通告された人が異議申し立てをしたところ審査会事務局(総務省)の担当職員が書庫から見つけ出したのだ。環境省が「ない」と言っていた水俣病認定検討会の議事録だ。
8.閲覧制度を活用した公共事業の情報収集について
 府県の「建設業許可申請書類」は国の指導により、かなり早い時期から公開され、奈良県庁でも土木部の分室でだれでも閲覧できる。公共事業の透明性をすすめる措置であるが、とくに政治倫理との関連でも活用すべき点がある。奈良、橿原、大和高田を舞台にした「議員の兼業」(奈良新聞に連載)の基礎的な情報収集にも役立った。
 最近では西日本新聞が、九州電力の玄海原子力発電所をめぐって、玄海町の町長の実弟が経営する建設会社が、町長当選後の4年数カ月の間、原発交付金などが絡んだ電力会社および町発注の工事約17億円分を受注したと報じたが、私の経験からこの記者は、佐賀県庁で上記書類を閲覧していると思われる。
9.政治の判断で公開が前進した事例
・「日米の核密約文書の公開は政治主導の成果」(宇野重規 2011.9.23付朝日新聞)
・身近な自治体では、橿原市が「何人も」公開請求できる条例を制定(1998年)。これに対し、県都の奈良市は長年にわたり、請求できる人の範囲を在住・在勤者などに限る閉鎖的な運用をしてきたが、前市長の2007年に「何人も」に改正。生駒市では、前市長、元議長が摘発を受けた背任の舞台となった土地開発公社を情報公開条例の実施機関に入れた(2008年)。奈良市では、市議会の総務水道委員会で財政悪化の元凶になっている土地開発公社の異常な債務をめぐり、公社が保有するすべての土地の地番、地権者の氏名を公表(2012年)。
10.「情報提供」と「情報公開」のちがいについて
:「情報提供」は、行政側から美しい体裁で主に政策やサービスの広報が行われる。政治宣伝の側面もあり、読み手(住民)はあくまでも受け身である。
:「情報公開」は、行政が保有している「加工されていない原情報」を市民は自由に閲覧し、必要な情報を得る権利があり、行政側は「加工されていない原情報」のうち、保護すべき個人情報などを除くすべての情報を市民に提供する義務がある。それゆえ、「情報公開」では、読み手(市民)は主体的であり、行政の不正を暴く側面を有している。
 全国的に進んだ情報提供の事例として、「市報こくぶんじ」(国分寺市の広報紙・2009年11月発行)の「実質公債費比率」の解説のくだりを紹介したい。
 町の借金の比率が一見、改善しているように見えるが、それは国の算定基準が変わっただけのことで、むしろ従前の算式でやると、数値は悪化している。このような国分寺市の姿勢は、情報提供が進んだかたちであり、国が講じた財政指標をうのみにせず、正確な情報を市民に伝えようとする努力がうかがえる。
*最後に
 農水省の機密漏えい疑惑をめぐり、情報公開請求をした人の氏名を、職員が「外部に漏らしていた」ことを、6月29日付の毎日新聞は報じている。公文書によっては、医療や人権に関するものもあり、請求した人の氏名を行政は秘匿する義務がある。ところが、なかなかこれが守られず、奈良県でも各地で公開請求した人の氏名が安易に洩れる事案が時々起きている。それどころか、公開請求する人を敵視する風潮さえ、公務の部署によっては残っている。これも組織防衛のあらわれと言えるだろう。開かれた情報をもとに、住民と行政が政策立案の共同作業を進めるような場面があってもよいが、なかなか実現しないのが現実である。当面は、公費の無駄を監視するという従来からの役割が中心になるかもしれないが、利用されないと公開制度はさびつき、いつも誰かに使われていることがよいと考えている。

*討議
  :奈良県に対し「知事引継書」の閲覧を請求したが、県は昭和15年から昭和55年までの「知事引継書」は存在しないとのことでした。
:奈良県では1996年の情報公開制度が開始されるに伴い、文書の保存年限(1年、3年、10年)が定められたが、多くの書類が整理され、廃棄された。公文書を管理するスペースも狭隘で、分散して管理されていたのが実情であった。公文書館の役割も担う県立図書情報館が開設されたのは、2005年11月であった。(京都府では府立総合資料館は1963年10月に開設されている。)
:公表(提供)と公開の違い 県では予算編成過程の情報提供を議会等で繰り返し求めているが、出てくるのは最終段階の数枚のペーパーに過ぎない。本当に市民が必要とする情報は出されずに、提供される情報は役所にとって都合の良い情報だけである。今日言われる市民との「協働」を行政が本当に考えるなら、情報公開を進めることが必要不可欠である。
:行政情報の保存という問題もある。保存されていないと「不存在」ということになり、開示を求めてもそこから前に行かない。予算編成過程の情報などは、意図的に削除されているのではないか。

:最後に極私的感想を一言
 浅野詠子さんは、『住民がせっかく指摘しても、庁内では「組織防衛の原理」が働いてしまい、課題として職場で提起する職員はまれである。たまたま報道されて初めて、見直し作業に入るということが常であろう。参画や協働、情報共有などけん伝する前に、職員は「何のため」、「だれのため」に仕事をしているのか、真っ先に問われることである。』と著書のなかで警鐘を鳴らしておられます。私(伊藤)は公務員生活を終えて10年を迎えますが、10年という単位で振り返ると、役所の市民に対する姿勢も遅々とした歩みでありますが、良い方向へ変化しつつあるのではないかと思っています。これからの10年で更なる情報公開や情報共有が進み、住民自治が進化することを、21世紀を担う若い世代に期待したいものです。
 最後に、浅野詠子さんの今後のご活躍を期待して、ご報告といたします。(文責 伊藤博敏)

ホームページのトップに戻る