奈良市議会改革への期待

2012年4月28日
浅野 詠子
(フリージャーナリスト)

■住民参加を必要とする勢力の伸長を

 はっきり言ってしまうと奈良市議会は、議会制度の改正に着手するのが遅かったため、注文したいことはいくらでもあるのだが、まずは議会自らが限界を定めることなく、少しずつ前進してほしいと願う。これまでは住民参加などを必要としない勢力が長年にわたって議会を牛耳り、市民の常識とはかけ離れた古い慣行を温存してきた。なんと本年まで情報公開条例の実施機関に議会が入っていなかったし、全世帯に公費で配布する「議会だより」にいたっては、議場の発言者の氏名すら匿名だった。委員会傍聴は容易ではなく、他の多くの議会にも言えることだが、個々の議案に対する各議員の賛否の状況を市民が知ることは難しかった。
 これらの問題が短期間のうちに改善されたのは、昨年の議長選にまつわる不祥事が契機であり、奈良市会は現在、特別委員会を設けて議会制度の見直しをすすめている。これまでは審議が不透明だっただけなく、市の財政に対してのチェックも不十分で、たとえば実害の大きい土地開発公社の問題についても、質問者はごく一部の議員にかぎられ、議会としてろくに調査をしていない。議会運営においても、議案のほとんどを委員会に付託しないなど諸課題を先送りしてきたが、他の市町村より「遅れている」という素直な認識をいまだに持っていない議員がいるとしたら、それが一番深刻かもしれない。
 現在、ようやく制度改正作業のスケジュールが目白押しとなり、やる気がみなぎっているが、スピードが速い分、新しい制度にまつわる研究に血なまこになっている市議もいれば、おまかせの市議もいるだろう。そうした落差こそ、有権者にとってはいい判断材料であり、市民の側としては、そろそろ出前トークのような場で、改革に対しての温度差をじかに感じとってみたいはずだ。もっともそんな温度差などないにこしたことはなく、競うべきは政策立案や行政監視の力であり、切磋琢磨してほしい。
 ここ数年を振り返ると、奈良市会の議会改革のうねりは、議長選汚職だけを端緒としたものではなく、事件が起こる前年の2010年、総合計画策定に早期の段階から議会も関与していこうと、初の議員立法で議決事件を拡大している。ただし、一人の努力が大きいことは正確な事実として伝えなければならない。もちろん、提案に賛同する良識があってこそ改革は日の目を見るのだが、最初は「出る杭」がいてこそ物事の新しい審議がはじまる。出すぎた杭は打たれないというたとえもあるが、一人ひとりが独自の問題意識や得意分野を大事に育て、多彩な提案が出てくる議会は活力がみなぎっているだろう。
 ただし、議長選に伴う贈賄申し込み事件は全国メディアでも大きく取り上げられ、市民の根強い不信感を買ったに違いなく、実効ある政治倫理条例の改正は最優先の課題であると思われる。そこが多くの議員と私の意見が異なる点なのだろうが、議会基本条例の制定に向けた審議は、政治倫理の改正点をかためてからじっくり取り組んだらよいと考えている。自分たちの会派に有利な議長が当選するよう贈賄申し込みをした前議長の所業を個人的な不祥事として片づけるのではなく、議会の構造を深く検証し、議員たるものの最低限の条件を見つめ、排除すべき議員像を市民に明確に示し、信頼の回復につなげてほしい。政治倫理基準のあり方をめぐっては、今後の論議が袋小路に入っていきそうな懸念もあるのだが、むしろ議員一人ひとりの厳格な資産公開制度を講じることが最も有効であると思われる。企業や団体などからの金の出入りを誠実に公開し、高潔さを競い合うような仕組みが必要である。
 こうした煩わしい細かい作業の積み重ね以外に政治倫理を少しでも高める良薬はなさそうに思うし、クリーンな議員だけが住民と対話する資格がある。排除すべきは、住民参加を必要としない勢力であり、放置すれば「議員のコネ」があちこちで闊歩する不公正な地域になる恐れがある。もし厳格な資産公開が実現すれば、政治とカネの問題に警鐘を鳴らし続け、ひいては参加型の市議会運営に貢献するだろう。

■有権者の意識改革

 わかりやすい議会が大事だと言われる。その通りである。では、議会は一体だれに近づいていくべきなのか。ただ漠然と住民参加を唱えるだけで、米国の政治学者アーンスタインの「住民参加の梯子」に出てくるような<不満をそらすだけの操作>、<形式的な参加>にとどまっていてはならない。そこでまず、市議選の投票に行かないような無関心層に狙いをしぼって、方策を練ってはどうだろう。
 投票に行かなかった市民は、議員におかしな見返りを求めていない分、健全な一面を残していると言える。また特定の団体が要請する投票の動員にかりだされるしがらみのない市民像が浮かぶ。大阪に通勤している人が多い西部のエリアは低投票率の問題が叫ばれて久しいが、全市的に30代、40代ぐらいの市民を巻き込んでいく議会改革であるかどうか。そこに成否の分かれ目があるように思われる。
 関西で最初に議会基本条例を制定した大阪府熊取町の議会を訪問したとき、公募の市民をパネリストに迎え、町議といっしょに公開討論会をしているという話を聞いた。これならわかりやすいし、参加型の開かれた行事という印象を受けた。ふいの質問にそなえて議員はよく勉強するようになったという。人口の多い奈良市は、北部、南部、西部、旧市内、大和高原など5カ所ほどの会場を設け、出演する当番の議員を割り当て気軽にやってみたらよいと思う。それこそ奈良市民の関心のありそうな文化財行政やごみ焼却場の移転問題などテーマを複数選び、パネリストを募集してはどうか。
 一方、議員に口利きや公共事業の受注のあっせんなどを期待する有権者層に議会がいくら近づいていっても、改革には一利もない。奈良市会が今すすめている政治倫理条例の改正案には「市民の責務」という条項が盛り込まれ、市の発注する工事や職員採用などで議員に働きかけを行ってはならないと戒めている。
 口利きや贈賄の対象として議員を働かせようとする低いモラルがいまだに存在するわけだが、ふだんは良識ある人々でさえ、議員の存在を必要以上に見下していることもある。議会運営がこれまで不透明だったし、事実、見下すに値する議員が存在したのであるが、これからは議会がすすんで地域のなかに入り、意見交換などの機会を増やしていく以外にゆがんだ議員像はなかなか払しょくされないだろう。
 議会の定数削減こそが議会改革であるとかたく信じている市民は少なくないはずで、これも議会不信の裏返しであると思われる。少数精鋭と言えば聞こえはよいが、不信感の原因をつくった議会がその原因をとりのぞく努力をする前に世論に迎合して定数削減に走ってしまうのは疑問であり、多様な少数意見は切り捨てられていく。首長は施策の優先順位をもつが、議会は少額の予算の事業だからといって、監視しないでいいというわけではない。多様な逸材で構成する議会ほど、様々な変化に即応できる資質をそなえていると思う。

■議会事務局の改革

 どの市町村にかぎらず、改革が遅れている議会ほど、事務局職員の仕事はおよそ面白くないものであろう。十数年前に県外で起きた事件であるが、遊興三昧の海外視察などで議員に酷使され、それがもとで命を絶ってしまった職員さえいる。公務災害が適用されたと記憶するが、本来であれば、議員立法の補佐役たる重責を担う人材であるのに、二元代表がもっとも悪く展開した末の悲劇だと言える。
 その議会事務局体制の権限強化を議題とするユニークな研究会がある。立命館大学教授の駒林良則さんの呼び掛けで2009年、12人の有志でスタートしたという。何事も一歩一歩である。駒林さんは本年3月、「議会改革市民会議」(なら・未来主催)の勉強会の講師として来県し、いっしょに訪れていた研究会メンバーの和泉市の若手職員らが活動の意義などを会場で話してくれた。駒林さんは、研究会の最終報告書において「議会事務局は、議員のサポートのみならず、住民と議会をつなぐ存在としても役割を果たすべき」と主張。さらに事務局職員の資質向上についても言及し、議員間討議のテーマの洗い出しや、議会が政策提言・立案をするためのより良い材料を見つけられるよう着眼点をみがくべきだと説いている。
 関連して思い出されるのは、改革派と呼ばれた知事が現職だった10年ほど前、「一番できる職員を議会事務局にもってきた」と話していたことだ。議会はしっかり行政を監視してほしいという覚悟が感じられ、長の政策を凌駕する議員立法ができたって一向に構わなかったのであろう。つまり優れた首長というのは、自分の評判とか当落の心配より、まちの将来を第一に考える人であり、議会事務局の強化を厭わない。事務局の権限を強化していくには、現行の地方自治制度の見直しも伴うが、職員人事との関連で首長の理解によるところは大きいと思う。
 奈良市会は今、ようやく委員会の一般傍聴が実現し、議会事務局の職員が傍聴席の市民に会議資料を配布している。市民と事務局職員が触れ合う数少ない機会である。傍聴席は、使いようによっては参加の原点であり、住民と議会をつなぐ装置にもなりそうだ。
 北海道音更町議会は、本会議の休憩時間中に傍聴者が議員と意見交換する場を一昨年に導入し、参加型の先例と言えるだろう。とりわけ、事前の通告なし、そして根回しなしの質疑応答が繰り広げられ、印象深い。聞けば同町議会は、道内でも有数の傍聴者が訪れるという。町内会などの行事として人々が連れだってやって来たり、大学との連携により、学生が授業の一環として傍聴することもある。日常の暮らしのなかに息づく議会という感じだ。
 参加という観点においては、人口36万人余の奈良市民の力は計り知れない。これからは市民の監査委員と議会の監査委員が共同で膨大な財政を監視してもよいし、もちろん市民と議員が共同で条例をつくってもよい。議会制度を学び、改善を考え合うことは生涯学習の良いテーマにもなる。参加の時代にふさわしい議会事務局につくりかえていくことが議会改革のひとつの使命といえる。
 (なら・未来主催「議会改革フォーラム」会議資料)

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