これからの地方議員と政治倫理の確立

浅野 詠子 講演大要

政策研究ネットワークなら・未来主催
2012年2月12日議会改革市民会議
会場  奈良市ボランティアインフォメーションセンター

■議長選汚職を機に奈良市会は「資産公開」の制度づくりを

 奈良市議会は近く政治倫理条例を改正するもようだ。きっかけは、前議長が起訴された議長選汚職である。現行の骨抜き条例をあらため、議員の資産公開がきちんと盛り込まれるのか、さらに、市が発注する工事などの契約から市議の関係会社を排除できるかなど、倫理基準にまつわる各規定が実効性あるものになるよう、市民はよく点検し、必要に応じて改善を求め、よりよい条例に育てていくことが大事である。
 レジュメの冒頭に、市町村議や元県議らが被告になった県内の刑事事件、および、その他の不祥事を80年代から今日まで、思いつくままに列挙してみた。議会のリーダーであるはずの議長が関与した事件も複数ある。有権者が120万人にも満たない小さな県で、なぜ議員の不祥事がこれほど多発しているのか。これ以外にも疑惑段階のものなら、山のようにある。
 残念なことに、本県で議長といえば、悪い政治家の象徴のように見られてしまうことがある。しかし所変われば、議長とは議会改革を推進するトップのことを言う。その違いは何だろう。それは、二元代表制が機能しているか、あるいは空洞化しているかの違いではないか。
 次のページには、90年代、奈良市議の関係企業10社が市の工事をどの程度受注していたのか、私が書いた新聞記事をもとに載せた。これこそ、今日の市の財政悪化の源流のひとつであると見ている。まずは20年ぐらいのスパンで考えてみたい。
 当時の国の行政実例では、年間の完成工事高のうち、選挙区の自治体からの工事高が50%を超えれば、明らかに地方自治法違反とされた。そんな市議が奈良市会にはぞろぞろといて、大御所と呼ばれた議長の支配下にあった。これでは市の財政など、まともにチェックできるはずはない。
 こうした状況をご覧になり、原発マネーをめぐる最近の報道を思い出した人もいると思う。たとえば、九州電力の玄海原子力発電所をめぐって、玄海町の町長の実弟が経営する建設会社が、町長当選後の4年数カ月の間、原発交付金などが絡んだ電力会社および町発注の工事約17億円分を受注したという西日本新聞の記事を読んだが、印象に残るのは、記者が町長に一問一答でインタビューをしている場面。「いまだに政治倫理条例がないのか」という九州の常識で記者が質問している。その下りは興味深い。周辺の市町村のように、きちんとした条例があれば、町長の請負は違反状態だ…と記者は迫っている。これが九州では当たり前の感覚なのだろう。

■議員は、金にまつわる自身の情報をすすんで公開してほしい

 さて、奈良市会は、市議の親族企業に対する市工事の請負辞退の規定を厳しくしようと検討しているが、それだけでは不十分である。つまり、関係企業からの金の出入りを申告させることが肝要なのであり、資産報告の制度づくりが急がれる。
 請負の辞退は、一親等の親族企業か二親等か…という論議も大事だが、たとえば今回の議長選汚職で起訴された前議長が関係する建設会社は近年、代表取締役の名義は、親族でない他人であると思う。しかし実施的な支配者はといえば、前議長の山本氏であったはずだ。
 関連して少し古い話になるが、奈良県の公共事業を支配したとされる浅川組は、往年の県議会の大御所、浅川清氏が創業し、当選回数を重ねるにしたがって成長した企業だが、浅川氏の晩年、同社の代表は、県土木部出身の中林社長が就任していた。しかし、実質的な支配者は、県会を牛耳る浅川氏であった。
 よって、代表者の名義がだれなのかということも大事だが、あくまで議員の実質的な関与があるのかどうかが問われる。自治体の事業を受注し、自治体がお得意先である議員にまっとうな監視などできるはずはない。
 それに、従業員や元社員、下請けの業者なら、だれが実質的な経営者なのか、すぐわかるものだ。請負の禁止規定を実効あるものにしたいのなら、議会のホームページなどに常時、「通報」の窓口を設けてもよいのではないか。
 その「通報」で思い出したが、先般、独立行政法人の国立病院機構のホームページを見ていたら、トップページに談合情報の通報を受け付ける窓口があることに気がついた。違法な受注調整競争を排除しようという心掛けのあらわれであり、市議会も、市政の監視をより確かなものにするよう、実施してはどうか。それと、今後制定される新しい倫理条例に基づき、市の工事の請負を辞退するような企業でも、引き続き、県や国の工事には参加できるが、公人の経営する企業たるもの、談合グループに関与してはならないことは言うまでもない。
 話を元にもどすと、資産報告との関連では、納税証明の提出も大事である。本県では、元県会副議長(吉野郡選出)の巨額な所得税脱税事件をはじめ、橿原市元議長の市税滞納、奈良市・元市長の県議時代の滞納(市税の不納欠損問題)などが明るみに出ている。橿原市会はこれを教訓に、市議が議長に納税証明を提出する決まりを講じ、天理市会にもこうした規律がある。奈良市会でも、資産公開の制度を整備すれば、税の滞納は「債務」の欄に書きいれてもらうことになる。場合によっては、上下水道料金なども公人としてきちんと納めているか、納付証明の提出を検討してもよいし、すすんだ自治体では、家族や同居する親族についても資産公開を義務づけている。

■身近なまちの「資産公開」の実践を知ろう

 不祥事を機に、奈良市会は政治倫理条例を改正するが、その研究に際して遠い先進地に出かける前に、まず、お隣の大阪で、堺市議会の資産報告を参考にしてはどうだろう。市役所の3階に資産報告書の閲覧場所があって、コインのコピー機が置いてある。どうぞ勝手に見て持っていって下さいという感じで。不動産の収入とか、関連会社からの収入、誰からいくらの金を借りたか…など色々出てくる。資産報告書の保存年限は7年であり、5年分が閲覧に供されている。
 仮に、この制度が奈良市議会にあったら、元議長が公有地の転売に関与し、市の特別法人である土地開発公社に売却して得た利益も、申告しなければならかったはずだ。
 やる前から「資産報告なんて絵に描いた餅だ。いくらでもごまかせるだろう」とけなす人がいるが、私はそうは思わない。みんなでつくった制度に対し、仮に虚偽の記載などをする議員がいて、それが明るみに出たら、議員の資質に傷がつく。政治生命だって失いかねない。現に堺市会でも、不動産収入などの記載漏れが発覚した市議がおり、朝日新聞などが詳細に報じている。こうした制度は、ないよりある方がいいに決まっている。
 堺市は政令市であり、首長や府議とともに、市議にも法定の資産報告義務がある。しかし、国のそうした半ばザル法的な制度によるものでなく、政令市になるずっと前の80年代、住民の直接請求で誕生した日本初の政治倫理条例なのである。当地の議員さんは「いやあ、今では九州の方が先進地ですよ」などと謙遜していたが、公募の市民と市議による倫理審査会は今も続いているのだ。市議の審査会参加は、自律権の行使と解釈できるという。
 きっかけは、贈収賄で有罪判決を受けた市議の居座りであり、怒った市民が有権者の50分の1の署名をあつめ、条例制定に乗り出した。つまり、政策提案というものは、市長や議員の専売特許ではないという生きた実例である。堺の資産報告書を閲覧すると、記載すべき必要事項の範囲を超えて、金の流れをくわしく書きこんでいる市議もいる。己の高潔さを進んで実証するという政治倫理の精神のあらわれだと思う。

■奈良市会の政治倫理条例、改正して何を「予防」すべきか

 ではなぜ、厳しい政治倫理条例を一市民の私は求めるのか。議員の不祥事を予防するというのは、ひとつの手段であって、本当の目的は、市民の共有財産である「財政」を健全化させたいという願いがある。いま奈良市は大変な財政難にあり、本日はその源流を90年代にさかのぼり、レジュメの2ページの一覧をもとに「議員と公共事業」の問題を考えてみたが、市民が預けた税の価値を高める市政にするには、一体どうしたらよいだろうか。
 市議39人(欠員1)は果たして、市の全事業のチェック、点検をきちんとできているか。1300億円の一般会計 745億円の特別会計、一部事務組合、広域連合、10の財団法人、市出資の株式会社…。財政悪化の元凶たる土地開発公社の問題にいたっては、市議会は審議さえ回避している。
 ところで、仲川市長も市会とは別に政治倫理条例の提案に乗り出しており、政治倫理研究の第一人者である九州大学名誉教授の斎藤文男教授をブレーンに起用した。斎藤氏の著書を読むと、政治倫理条例に基づき、議員の行動などに疑義があった場合の「調査請求」は、住民ひとりでも出せるような仕組みがよいと言っている。私も賛成だ。
 住民が一人でも行使できる民主主義のツールには情報公開制度があり、これまで権力が独占してきた公文書を、たった一人の市民がこじ開けることができる。尊い制度である。もうひとつ、住民監査請求も一人で行使でき、県内ではこれまで、行政訴訟にも発展し、公費の無駄が是正されたこともある。これらと合わせ、政治倫理の「調査請求」も、市民一人でその権利を行使できることがよい。昨日の奈良市の委員会に提出された関連資料によると、同じ中核市では、横須賀市、福山市、熊本市の条例がそうした先例になっている。住民のコントロール権は大事である。

■中核市として、権限の拡大に見合う政治倫理条例づくりを

 奈良市が中核市になって早10年。さまざまな分野で知事並みの権限が移譲されている。これに伴い、たとえば特別養護老人ホームや保育園に対し監査する権限を市は得ているが、ならば、議員が不当に関与しない仕組みづくりが大事である。また、市街化調整区域における開発行為の許可についても、公平性の確保がはかられているか、議会は率先して監視してほしい。
 同じ中核市である長崎市の政治倫理条例について少し紹介したい。議員は、市から補助金などを受けている社会福祉法人とか学校法人について、報酬を受け取る役員にならないように努めるという条文がある。政治倫理の規定といえば、公共事業の受注や職員の採用や人事に関する口利きを防止する策が知られているが、長崎のケースは福祉汚職を防止する仕組みと読み取ることができ、注目に値する。
 また、中核市ではないが、本県の香芝市議会が取り組む政治倫理に関する申し合わせについても参考にしたい。それは、課税や生活保護、介護保険の認定などにおいて、審査事項の協議の場に議員が市民といっしょに同席するのはやめようという決めごとだ。市の政治倫理条例には「市長及び議員は市民の全体の奉仕者として品位と名誉を損なうような一切の行為を慎み、その職務に関し不正の疑惑を持たれるおそれのある行為をしてはならない」という規定があり、ここに抵触するからだという。したがって介護保険などの審査事項に議員が介入するということは、「職員に対しての圧力」と受け取られるおそれがあり、同席しないということになったのだ。

■おわりに

 近年、議員の政策提案力が注目されているが、何よりもまず、議員の監視力に私は期待したい。すでに触れたように、奈良市の財政は一般会計1300億円、特別会計が745億円に上る。おびただしい事業をしっかりチェックするのは、公選の議員に課せられた最大級の使命である。ただしこの職務は、己の高潔さを進んで実証できる公正な議員にしか委ねられない。包括外部監査は有効だが、赤か黒かの判断で監査をするような職務と、議員に課せられた監査とは次元がちがう。費用対効果という言葉が流行っているが、公選の議員は、表面的な効率では解決できない福祉政策論議を担う期待もあるだろう。
 一方、議員が地域の課題を徹底して掘り下げれば、借り物でない優れた政策提案力が培われるはずだ。さらにこれからは、36万市民の間からも優れた政策提案や条例の直接請求がどしどし出てくるような仕掛けづくりを議会に期待したい。

(講演内容に加筆・修正した)

ホームページのトップに戻る