塩漬け土地

  09市長・市議選  朝日新聞記事         

2009年06月28日 


市と公社が買いあさり、簿価が104億円に膨らんだ土地の一部で、地元の人と話すフリージャーナリストの浅野詠子さん。=奈良市中ノ川町

 ◎「価値ゼロ」も高額買収◎
 ◆簿価104億円→実勢価格3億円
 奈良市が90年代に買いあさり、10年以上放置してきた「塩漬け土地」29ヘクタールの精算を加速させている。土地の購入費とその後の金利、しめて約193億円(08年3月末)。今も年2億9500万円(08年度)も金利が膨らみ続ける。しかも実勢価格は9割下落し、この土地が今、仮にすべて売れても1割しか回収できない。市はいったいなぜ、こんな土地を買ったのか?
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 世界遺産・春日山原始林から約1・5キロ。市東部・中ノ川町に、フェンスで囲まれた山林がある。深い樹木とヤブに覆われ、ところどころゴミが投棄されている。ここに、市と市土地開発公社が所有する41ヘクタールの広大な土地がある。
 一角を、地元の人が廃材や残土の置き場として“拝借”していた。チェーンソーで作業していた男性(74)は「市が、(地元に示した開発に関連した)約束を守らないから使わせてもらってる。時々、市の人に注意されるけど」。
 17年間も放置され、「生ごみがサンドイッチ状に埋められ、施設を建設することが難しく、非常に活用が困難」(04年3月の市包括外部監査)な土地に、市と公社がつぎ込んだ金は尋常ではない。
 購入価格は計80億円。その後、金利が積み重なり、09年3月末時点の帳簿上の価格(簿価)は104億5700万円まで膨らんだ。一方で、実勢価格はわずか3億3200万円(04年1月1日時点の鑑定価格)。簿価との差約100億円は、やがて市民の負担になる。
 公社が土地を購入したのは90~94年。平城宮跡に隣接する積水化学工業の移転先になるはずだった。ところが00年、同社は移転を断念。土地は荒れるに任された。
 一方、こうした土地購入の経緯は、中ノ川町を含めすべて長く隠されてきた。その秘密主義に08年、フリージャーナリストで元奈良新聞記者の浅野詠子氏が、数年がかりの情報公開請求で風穴を開けた。開示資料を基に、氏は「土地開発公社が自治体を侵食する」(自治体研究社)をまとめ、県内の事例を中心に全国で破綻(は・たん)が相次ぐ公社の惨状を報告した。
 同書を基に、記者も市の文書や登記簿を入手し、中ノ川町での土地買収の実態を調べた。たとえば91年、公社は市内の男性から約1万200平方メートルの土地を17億6400万円で購入。1平方メートル当たり17万3千円だ。04年1月1日時点の鑑定価格を元に試算すると、中ノ川町の実勢価格は平均1平方メートル当たり800円。男性の土地は、その216倍で買い取られていた。
 さらに問題なのが、保安林だ。伐採や土地の形状変更が厳しく制限され、市場価値はほぼゼロ。だが公社は、中ノ川町で、少なくとも4万8700平方メートルの保安林を約11億円、1平方メートル当たり2万2500円で買っていた。
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 この異常な高額買収を市はどう説明するのか?
 市行政経営課は「記録も当時を知る職員もおらず、詳細は不明」としつつも、「市街化調整区域、保安林とも、宅地予定地ということで宅地並み評価をしたのだろう。いずれにしろ不動産鑑定士の鑑定に基づいており問題ない」。市の元幹部は「現地で事業をしていた業者への賠償のため、少し高くなったと記憶している」と話した。
 生駒市で07年に起きた前市長による背任事件でも、公社が買い取った山林に実勢価格を超える異常な高値がつけられ、鑑定士の鑑定も付いていた。浅野氏は「中ノ川町の複数の土地が、実勢価格をはるかに超える高値で取引された疑いが残る。市の土地買い取り事業はいたずらに膨張し、多くの不正が入り込む余地を与えてきた」と指摘している。(吉岡一)
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 奈良市長選・市議選が7月5日に告示される。深刻な市財政、伸び悩む観光客、子育て支援……など課題は山積みだ。これからの県都をどうすればいいのか。現状を探った。(この連載は6回の予定です)
 ■土地開発公社■
 法律上、土地取得に制約がある自治体に代わって公共用地を迅速に取得し、将来的な公共事業に備えるため、自治体の出資で作られた特別法人。地価下落が続く中、自治体とは別会計の公社の負債は、住民の目から長く隠されてきた。奈良市土地開発公社が保有する土地は215億円(07年度末)。土地を取得して以来払い続けた金利62億円(同)は、08年3月の「市包括外部監査」から、「地方財政法が禁じる、目的を達成するための必要最小限を超えた支出に当たる」と指弾されている。        


        

2009年06月29日


市議から土地開発公社が買い取った土地。14年間放置され、この間に膨らんだ損失5億円は、やがて市民の負担になる=奈良市三条大宮町

     ◆借金2900億円 市民一人80万円◆
 「市債残高2400億円。市は(他にも)『土地開発公社』や『特別会計』で借金している。これを合わせると約2900億円。(市民)一人(当たり)約80万円です」
 6月中旬、奈良市長選を前にした陣営の決起集会で、立候補予定者は市が抱える第一の問題に「借金」をあげた。
 「この借金、行政がいろんなことで作ってきた。もう、昔のことは言いません」
 「昔のこと」を不問にしたまま、借金を背負う市民は納得するのだろうか?
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 90年代中ごろ。ある市関係者は、当時の有力政治家だった市議(故人)が買い占めたJR奈良駅前の土地を、公社が高値で買い取ったという話を耳にした。「おかしいと思ったが、詳細がわからず何もできなかった」と振り返る。
 疑惑に注目したフリージャーナリスト浅野詠子氏が、08年に関連資料を入手して市議の名前を確認。著書で問題を初めて指摘した。浅野氏や市の資料、登記簿などによると、問題の土地は駅から約300メートル南の三条大宮町にあり広さ224平方メートル。バブル経済がピークを迎えた90年7月に市議が購入し、抵当権4億5500万円を設定した。
 ところが95年2月、公社は、同額の4億5500万円で市議から土地を買い取った。バブル崩壊から4年。地価はかなり下がっていたが、市議は損失を被ることなく公社に売り抜けていた。
 それから14年。駐車場名目で購入された土地は空き地のまま放置されている。購入費とその後の金利がかさみ、09年3月末時点の帳簿上の価格(簿価)は5億7643万円まで膨張。一方、実勢価格は推定約2680万円(04年1月1日時点)。約94%もの下落で、市の損失は5億5千万円近い。関係者によると当時、市は、懸案だった駅周辺の再開発をめぐって、土地を買収しやすくしてもらううえで市議に「借り」があり、購入価格で買い取らざるを得なかったのではないかという。
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 ◎「損失」生んだ裏に市議◎
 同じ市議の名は、08年7月まで塩漬けされていた奈良市石木町の土地でも出てくる。市議は88、89年、約600平方メートルの雑木林を購入。市は91年(一部は94年)、市議の土地を含む2344平方メートルを2億3777万円で買い上げた。公共事業で立ち退きを迫られた市民のために、代替地を提供する「宅地造成事業費特別会計」が使われた。
 ところがその後17年間も放置され、08年6月、市立中学の校庭の一部にあった私有地との等価交換で、やっと処分にこぎ着けた。その際の石木町の土地の評価額はわずか9600万円。一方、購入費とその後の金利負担で、土地につぎ込まれた金は計5億183万円。市民へのつけ回しとして確定した約4億600万円は、09年度に市の借金(第三セクター等改革推進債)で手当てされる。
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 この事態をどうみるか。市議はすでに亡くなっている。そこで大川靖則元市長(在任92~04年)に聞いた。
 --土地購入の経緯は?
 市議の関与は知らなかった。こういう人を間に挟んで土地を買うのはもってのほかだ。
 --売買に直接関与した市の責任者は誰か?
 当時の市幹部(故人)だ。地価が下がっている駅前の土地の購入は確かにおかしいが、価格は鑑定に基づいており、適正だと信じた。石木町については、早く売却しろと何度も指示したが、職員が抵抗した。巨額の損失が表に出て、追及されるのを恐れたのだろうか。売却が遅れ、損害が生じたのは職員の怠慢だ。
--不透明な売買を防ぐには、どうしたらいいか。
 情報公開を進めると同時に、市が毅然(きぜん)とした態度で市議の圧力に対応していくしかない。(吉岡一)

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