「土地開発公社がなげかけたもの」


          

浅野詠子    
                        (フリージャーナリスト)


  
■ 公社の解散は加速するが…


 「土地開発公社は不良債権の隠れ蓑になるケースがある」−。こうした的確な視点をもって東京都八王子市が同公社の解散に踏み切ったのは2003年度のことであり、全国の市レベルでは初めての取り組みといわれた。
 当時の市の公表資料を見ると、公社など外郭団体の負債とは連結決算を行わない公会計制度を疑問視していたようで、土地開発公社の不良債権問題を重く見ていた。公社の負債が「将来負担比率」という法定の数値に反映されるようになるのは、それから五年先の財政健全化法の施行を待たねばならない。
 こうした経緯を見ると、地方財政にまつわる矛盾を一番よく知っているのは、ほかならぬ自治体自身であるはずだが、ひたすら国の通知を待っているのか、それとも積極的な行動を起こすのかにより、財政への影響は確実に変わってくるという因果が推察できる。ひいては市民生活に直接ふりかかってくる問題である。
 自治体が出資・設立した土地開発公社の数がピークになるのは、1999年であり、1597団体だった。現在は、1075団体にまで減少している。もちろん市町村合併による影響は大きいが、近年では自主的な解散も増えているようだ。総務省によると2007年度は自主的に公社を解散させた自治体は24団体、市町村合併によるものは4団体であった。
 一方、公社の負債が大きい団体は、解散も容易でないらしく、ある自治体は「解散となると、全額の債務の一括返還を求められることもあり、現実には難しい」という見方を公表している。
 また現実的には、道路建設などで国庫補助金を有利に活用する場合には、これが本当に必要な公共事業で、かつ土地開発公社の経営が健全であれば、公社の先行取得が自治体の歳出抑制に有効に作用するケースもある。それに公社が解散したとしても、公社を経由して自治体が保有している市有地や県有地などが事業化されずに遊休地のままでは、問題が残る。
 すると、土地開発公社の問題は「解散か否か」という視点だけで考えると、地域によっては不十分な側面がある。そこでいま大切なのは、自治体ごとに、公社などの外郭団体や公営企業会計の保有地を含む「あらゆる公有地」を連結した取得・保有・売却・賃貸などの全庁的なルールづくりが急がれる。そして、その情報をどのように地域住民と共有化してくのか試されている。
 
■ 土地開発公社問題とは何か
 
 全国の1075の公社のうち約720団体は、十年以上を経ても何も事業化していない土地をかかえ、簿価総額は2兆4763億円(データ:総務省)に上っている。5年以上の遊休地をかかえる団体は、もっと多くて約820。裏返せば二百数十の団体は、塩漬け土地を保有せずに堅実に公社を経営していることになる。このことは忘れてはならないと思う。
 だが注意しなければならない問題として、いくら塩漬け土地が少ない団体でも、奈良県生駒市の前市長、元議長の背任事件=二氏ともに一審で実刑判決=のように、土地開発公社が汚職の舞台になる危険性がある。多くの公社は依然、「密室」である。
 全国各地で不良債権化している遊休地は、ある意味で民間の不良債権問題以上に深刻な側面があると思う。たとえば、有権者の知らないところで、公選の長や議員らが事業目的の不明な土地を公社に高値で買わせ、たちまち塩漬けの土地となり、しまいには巨額の税をあてがって処分してしまうような事態。
 ある市議によると、市長の後援会関係者の利益になる無駄な土地購入もあったという。まさに政治倫理の次元であり、このようなケースになると、財政の健全化という観点だけでは、とうてい公社問題は解決されない。
 また、たとえ当初は妥当な理由で買収した土地であっても、開発の共同者である企業や都道府県などの都合により、一市町村の公社が多額な負債をかかえこむという理不尽もある。府県の事業であり、しかも府県が自前の土地開発公社を有していながら、市町村の公社が「率先して」府県の事業用地を先行取得することもある。まるで主従関係の名残のようだ。大阪府では、府の事業用地を和泉市土地開発公社が先行取得してきたが、府がいつまでも買い上げないために市の損失が発生し、住民訴訟が起こされている。奈良県斑鳩町の公社も、国道の用地を先行取得して損をしたことがある。
 一方、各地の市町村公社の側も、府県や企業などの開発主体から言われるままに渋々、事業用地を先行取得してきたのかと言えば、必ずしもそうではないだろう。地元の土地の買収には、選挙で選ばれようとする者の何らかの利益が伴うことがある。今日の塩漬け土地の累増は、〈自治体の暴走〉などの紋切型の批判だけでくくることは決してできない。
 一外郭団体にすぎない土地開発公社が巨額の土地を抱え込むことができる理由は、「公有地拡大推進法」により、自治体が公社の債務を保証することが認められているからである。これにより、市中の金融機関がそれこそ右から左に、公社の土地買収資金への融資を続けた。土地によっては自治体がいつまでも買い戻しを行わないために、長期の借入に伴う金利がかさんでいき、やがては自治体の財政に悪影響をおよぼしていく。
 しかし最近は、金融機関の姿勢が厳しくなり、「信用力」の低下した公社には、もはや金は貸さないと判断するところも出てきた。不良債権を拡大しているような公社に対し、いつまでも安易に融資していると、銀行側が金融庁の監督指針に抵触する行為として問われることになる。
 経営が悪化した公社がもし「借金を一括して返済するように」と銀行から求められた場合、債務保証した自治体が返済の責務を負うことになる。すると、「実質公債費比率」が急激に悪化し、一気に「早期健全化団体」または「財政再生団体」に転落する危険性だってあるのだ。
 
■ 自治体が買い戻しても遊休地になる恐れがある
 
 「公社の健全化」などと称して、自治体が公社の塩漬け土地の買い戻しを進めても、市有地や県有地などとして再び遊休地化していく恐れがある。これは議会も住民も見守っていく必要がある。
 とくに国の「土地開発公社経営健全化対策」の「1種」団体の指定を受けると、塩漬け土地の借入に伴う利子補給を一般会計で行う際に、特別交付税を原資に助成措置が適用される。交付税という大切な財源を使った挙句に、自治体が買い戻した後にいつまでも遊休地のままだったら、きわめて不誠実である。
 かたや交付税が激減して苦しむ町村は多い。特別交付税は通常、災害や積雪などの予測できない行政需要に充てるものと解されてきた。それを都市部の塩漬け対策などに安易に使ってよいものか、検討の余地があるだろう。
 仮に民有地のままであれば、税収面などで財政にプラスの可能性があったのに、公社や自治体が購入したばかりに、何の利用もされないばかりか、維持管理費などの公費がかさんでいくとしたら、これも浪費の連鎖である。市有地の遊休地問題を、東大阪市の包括外部監査人(2007年度)は「機会の損失」と呼んで憂慮した。仮に民有地であったらどの程度の税収につながるだろうか。地域産業の振興に貢献することだってあったかもしれない。いわば行政の不作為で色々な機会が損失されていくことを監査人は厳しく警告している。
 東大阪市が出資・設立した土地開発公社がかかえる塩漬け土地の「簿価」は約146億円。額面は大きく見えるが、同市の標準財政規模の約15%である。府内には、もっと経営の厳しい市町村公社がたくさんあって、比較すれば同市の数字が特別に悪いということにはならない。
 ところが、公社の保有地以外に、市有地の「未利用地・低未利用地」は16ヘクタールあり、「時価」の概算で213億円に上ることが市の包括外部監査で判明している。これが民有地だったら、年間1億4000万円ほどの固定資産税が入る可能性があるという。
 前述の公社保有地の簿価は約146億円だ。これらの土地を購入したときの借入金の利子がかさんで簿価を膨らませているはずで、さらに土地取得時点から地価は下落しており、もし時価に換算すると、何割かの減になるだろう。すると、時価の換算で比較すると、東大阪市の「未利用地・低未利用地」(213億円)は、同市の公社の塩漬け土地よりはるかに大きいということになる。
 これは、全国的な調査をすれば、同市と類似したケースがかなり出てくると思われる。もっとも、行政の側は、防災公園や環境保全広場などの適当な名称をつけて、議員や市民の遊休地批判をかわそうとするかもしれない。防災や環境目的の保有といえば聞こえはいいかもしれないが、不要な土地を高値で買収し、挙句の果てにそうしたのであれば、地方財政法が求める「必要最小限の経費で政策を遂行する責務」などともかけ離れることになる。
 そこで大切なのは、公有地の「履歴」を誠実に記録することであり、これをどのように住民に公開していくか。地域でもっと論議してほしい。
 
■ 公有地の「履歴」は、地域の行政史
 
 一口に塩漬け土地といっても、成り立ちは千差万別であり、自治体ごとの個別な検証と対策が急がれる。そこで大事なことは、遊休地の「履歴」を地域住民と共有化し、住民が主体的に処分や活用方法を提案できるような開かれたまちづくりの推進を求めたい。
 塩漬け土地の対策が一刻の猶予もないことは論を待たないが、緊急課題だからといって、その「成り立ち」を不問にする行政や議会は多いように思われる。それは地域の歴史を投げ捨てるようなものではないか。美しい遺産を継承することだけが自治体の仕事ではないと思う。過去の教訓から住民が学ぶ機会を遠ざけてはならないと思う。
 公社という外郭団体の病理を深く検証すれば、自治体ごとの弱点がきっと見つかるはずである。くわしく調べていくと、奈良県生駒市や京都府宮津市のような前市政の背任的行為に対し、損害賠償を請求することが妥当な場面も出てくるかもしれない。それでも多くの団体は摩擦やあつれきを避けようと、そうした行為に及ばないはずである。しかし、総務省の債務調整等研究会では、第三セクターや外郭団体の不良債務などをめぐり、損害賠償の有無を検討する必要性に言及している。時代は変わってきている。
 各地で不毛な遊休地が増大した背景には、外郭団体の情報公開の遅れがある。「公社と自治体は別法人」などと四角四面な解釈を押し通し、土地取引の主要情報は住民になかなか開示されなかった。しかし2005年の最高裁判決で、土地開発公社の買収の相手方氏名と価格の公開は妥当であるという判断が示されている。
 今日、多くの行政が、参加と公開がモットーであることをけん伝している。大いに結構であるが、ご都合主義の公開であってはならない。かつて岐阜県の前・多治見市政が、市長選の新人候補らがマニフェストをつくろうとするときに、役所のいかなる部署も情報の提供を拒んではならないという指示を出したという。
 これにより、次の選挙の敵方は、現職よりすぐれたマニフェストをつくるかもしれない。場合によっては、これが当落の決め手になり、現職は不利になる可能性もある。この人は、自分が当選することよりも、地域の民主主義の醸成を考えている時間の方が長かったもしれない。
 
■ 世代間の負担の公平を考える
 
 だれしも前市政、あるいは前々市政からの「負の遺産」など継承したくないと思う。それでも首長や議員に立候補しようという人は、こうした「将来負担」を自らの肩に乗せて、少しでも軽くしていく覚悟が必要だ。先送りすればするほど、次の世代の負担が増えていくことが、土地開発公社問題の特徴である。
 いま地方選でもマニフェストがブームであるが、あえて外郭団体の不良債権処理の数値目標などは織り込まない人が多いのではないか。
 難しい課題ではあるが、遊休地の解決に向けた施策を競い合うならば、候補者ごとにかなりの相違が出てくるはずである。それは選ぶ側からすれば、ありがたいことだ。
 たとえば、国が進める「土地開発公社経営健全化対策」に従い、特例的に認められた借金をして、塩漬け土地を公社から積極的に買い戻し、公社遊休地を解消していくという候補者は多いであろう。
 これに対し、不毛な土地の処分などに次世代の負担を増やしたくないという信念で、借金を抑制する代わりに、強力に行革を推進しながら公社土地の買い戻しを進めるという考え方もあるだろう。奈良市の包括外部監査人(2007年度)も、借金を重ねて公社の「健全化」を進める国主導のプランには反対している。
 また、借金を抑制して行革を進めようとする候補者たちは、「優先的に何から削るか」という視点でも、いろいろと分かれてくるから、有権者が投票するときの参考になる。
 このように、土地開発公社問題は、地方自治の課題を凝縮しているから、さまざまな「争点」を見出すことができる。
 
 
■まじめな議員の労苦を知る
 
 本年四月、土地開発公社の問題をテーマに奈良県内で開かれた市民シンポジウムにおいて、元市議が会場から手を上げ、無念の思いを語ったことが忘れられない。
 この人が現職のころの二十年ほど前のできごとだ。公開性が乏しい土地開発公社の事情をめぐり、何とか核心をつかみたいと、債務負担行為の数字をもとに、行政側にねばり強く土地購入の経緯を聞き出し、ついに取得目的が不明瞭な土地がいくつかあることを突き止めた。もちろん議場でも度々追及した。
 しかし、議会の多数派がこれを容認してしまい、債務負担行為はあっけなく議決されてしまう。そうした土地がいま、「塩漬け土地」の一角を占めて、市の財政に重くのしかかっているのだという。
 今日、ようやく土地開発公社の問題が、財政悪化の要因のひとつとして認められるようなったが、それだけに、「一体、議員は何を監視してきたのだ」という批判が、市民らの間から持ち上がる。外郭団体の放漫経営や自治体のヤミ起債の問題をまじめに追及してきた市議もしない市議も、ひとくくりにされがちであろう。元市議は、そんな愚痴をこぼしてはいないが、「大変くやしい」という心もちで過去の経験を回想していた。
 首長の評価については今日、マニフェストの検証や公会計制度の改革などをもとに、さまざまな検証が試みられている。だが、「議決した者の責任」は、さして問われないというのが現実ではないか。土地の問題だけでなく、無駄な箱モノの類も、議決した議員がいるから工事が進められるというのに、市民はそこを忘れがちである。
 まじめな議員の無念さを通して、改革すべきことが見えてくる。
 
■おわりに
 
 自治体ごとに、外郭団体や公営企業の所有地を含むあらゆる公有地の「取得・保有・処分・賃貸」などのルールづくりを条例化し、公平で低コストの公共空間の形成を追求していくことを提案したい。
 公有地取引の重要な手続きとなる「不動産鑑定評価」についても課題が多く、不動産鑑定士への発注の透明性や鑑定価格の妥当性を検証してほしい。
 そして議会の側は、公社や行政の土地取引が発生するごとに労を厭わず現場に出かけ、監視を強化する仕組みを講じてほしい。
        (第6回市町村議員研修会の参考資料 自治体研究社主催)

○参考文献『土地開発公社が自治体を侵食する』(浅野詠子著、自治体研究社)
○参考資料 総務省2007年度土地開発公社事業実績調査概要

ホームページのトップに戻る