公共工事の設計変更の濫用を考える


浅野 詠子
2007年4月11日
奈良情報公開をすすめる会例会
場所 王寺町中央公民館会議室


■はじめに

  2006年11月に開設した奈良県立医大・精神医療センター(橿原市四条町)は、総事業費が22億8000万円余りの新施設です。建物の着工後、90ケ所の設計変更があったことを、情報公開制度で入手した文書などをもとに突きとめました。設計変更の事案は、これまで私が取り上げてきました談合の問題などとは事情がだいぶ異なり、とかく地味な話として受け取られがちです。発注した側も頻発する談合事件などへの対応で手一杯なのか、「できれば問題にしたくない」と考えているようで、こちらがいくら熱心に問題提起しても、積極的に課題にしようとする姿勢は見られません。しかし県民のまったく知らないところで設計変更を濫用し、本来入札すべき事案をないがしろにする恐れがあり、慣行として続けば相当な弊害が蓄積すると確信を持っております。

■精神科救急の必要性

 この建物は、本県の精神科救急医療の拠点として計画され、工事の必要性は相当高いものであります。(1)
 現代人の心の病が増えていると言われる中、かなり以前から、障害を持つ当事者や家族、医師、自治体職員らが早期の整備を訴えてきた施設です。医療を受ける必要がありながら、病気ゆえに受診する意思を持てないため、知事の行政処分により人権に配慮しながら精神障害者を強制的に医療とつなぐ、精神科救急にはそうした特徴があり、まさに自治体の仕事です。このたびの工事は、救急の病床を含む110床を確保し、最新の医療技術が導入できるよう施設を整備した事業と聞いております。

■指名停止のはずのJVが落札

 ところが工事の透明性という点では、入札が始まったころから、さまざまな疑問が出てきました。
 まず2004年11月に予定されていた病棟建築工事の条件付一般競争入札の問題です。五つのJV(共同企業体)・計17社の応募があったのですが、入札直前に中堅ゼネコンの淺沼組など2社・計2JVが奈良市内の大型銭湯の建設工事で作業員の死亡事故を起こして指名停止になり、入札に参加できなくなった。そして突然、別のJVが「専任技術者が確保できなくなった」などと不自然なことを言い出し、辞退してしまいました。これにより、県は「競争性が乏しい」として入札を中止し、ちょうど淺沼組の指名停止期間が終了した2005年2月に、やり直しの入札を執行し、果たして淺沼組のJVが落札したのです。
 この入札直後、奈良新聞社に「2004年11月の時点で淺沼組JVの落札が決まっていた」という通報が入りました。
 水面下では官製談合の噂がささやかれていましたが、県土木部は談合事案としては取り上げることもなく、従って公正取引委員会など関係機関に通報されることもなく、闇の中へ葬られようとしている事案であります。

■精神科病棟の外壁の質を落とす


 さて工事が完了した昨年5月のことです。足場丸太やビニールシートのおおいがはずされ、建物の外観が分かってくると、医師や患者の家族らが大変な憤りを見せます。新築の精神科病棟の外壁の色が他の病棟とまるで違う派手な黄土色で塗り固められているのです。
 精神障害は、さまざまな障害の中でも偏見を持たされやすく、したがって精神科の門は敷居が高いはずです。近鉄奈良線の沿線はいま、精神科の診療所が開業ラッシュといわれますが、多くは心療内科やメンタルクリニックなどの文言の看板を掲げ、精神科という直接的な用語を避けていることが分かります。
 医大の他の病棟の外壁はグレー系のタイル張り施工であるのに対し、今回の精神科病棟だけは黄土色の吹き付け施工です。タイル張り施工に比べ質を落とし1500万円割安にしており、その質感をカバーする意味合いで暖色系の黄土色が採用されたという訳です。
 「きっと黄色い病院と呼ばれるのだろう…」。ある関係者の表情は深刻でした。専門医との協議なく土木部が勝手に壁の色を採用したのです。
 それにしても、設計担当の県職員が精神科病棟の外壁の質を落とす動機が分かりません。基本設計の段階では、精神科病棟の外壁は他の病棟と同様なグレー系のタイル張りだったのですが、実施設計の段階で突然、吹き付け施工になっていました。

■病棟の予算で弓道場を新築

 細部を調査するため私は、設計変更のデータを開示請求して集め、聞き取りや分析を進めました。
すると着工後、設計変更の名目で、精神科病棟とは直接関係のない工事が相当な広範囲で行われていることが分かりました。
 具体的には、精神医療センターの建設費をもって、学生の弓道場を新築したり、精神科病棟とは別の病棟の正面玄関や屋外待合所の整備、別病棟のトイレ改修などが行われていました。これらは別途、入札すべきものではないのでしょうか。一日2000人ほどの外来患者が来る正面玄関のあたりは大変きれいになり、福祉のまちづくり条例に添った多機能のトイレに改修されましたが、工事の透明性は極めて低いと言わざるを得ません。当初の工事の目的から相当離れた施工が行われている。
 こうしたことから、精神医療総合センターの精神科病棟工事は重要な減額がなされ、外壁の質を低下させることで1500万円減額、それ以外にも、病棟の患者専用デイルームの床暖房工事が取り止めにして減額1200万円、削った分で弓道場など精神科医療と関係のない工事をしている。その上、設計変更により精神病棟の監視カメラの台数が2倍になっていました。変なところを増やしている。県職員だって人権の教育を受けているのだから、やみくもに監視カメラを2倍にするはずはない。動機がいまもって分からない。もしかしたら知事選を前に、監視カメラのメーカーが政治献金でもしたのだろうかと思ったが、そうでもなさそうです。行為の直接の実行者はだれなのか、行政文書からはなかなか出てこないものです。「みんなの意見で決めました」ということになっている。
 この弓道場は新築工事に2000万円をかけています。うち約1000万円は医大同窓会の寄付で、残る1000万円は精神科病棟工事の設計変更によりねん出されました。2000万円は小さな箱ものかもしれないが、工事の透明性を確保するためには入札すべき事案です。施工は、淺沼組のJVを構成する橿原市内の平成建設が行い、会計上は寄付金分が随意契約として処理されています。
言わば、入札飛ばしの不当な設計変更であると私は主張しています。公共事業の設計変更というものはふだんは目立たないものですよね。今回はたまたま、病棟の外壁が他の色と異なり、しかも質が落とされていることの動機を知ろうと、設計変更ケ所を公開請求したのです。これが100億円、200億円のもっと大きな工事になっていくと、さらにやりたい放題の設計変更がまかり通っているのではないか。
 医大のケースは氷山の一角かもしれないと思いますが、公共事業の透明性を著しく損なうものであります。弊害としては、議会の議決事項をないがしろにしてしまう。ご存じのように、公共事業は一定金額以上は、請負締結議案を議会が議決してはじめて執行できるものです。入札の落札段階ではまだ仮契約にすぎないのですね。 ですから設計変更の濫用は議決事項の逸脱です。
 さらに無理な設計変更を行うことにより、弱い立場の下請けや孫請けの建設業者に余分な工事を強いるのであれば、手抜き施工の恐れもあり、ひいては工事の安全性も脅かされることになりかねないと不安です。
 請負いの構造の中でも、末端には資材を運送する部門があり、「ダンプの運転が荒い」と市中で時折感じるのですが、ドライバーは楽しくて乱暴な運転をしているのではなく、暴走しないと割に合わぬ低額の賃走を余儀なくされるケースだってあるでしょう。ゼネコンがいくら予定価格の満額に近いところで落札しても、物流にはたいした恩恵もなく、スピード違反と過積載をしなければ生き延びることはできない事情もあるらしい。今回の工事は、設計変更ケ所が多いのに、工費全体では増額はわずかでした。好景気で自治体の税収が安定していたころは、増額の設計変更などは日常茶飯事と思われ、まさに闇の随意契約だったのでしょう。
 大きな背景としては、心の病は増えているとはいえ、精神科医療、精神科救急に対する県民の関心はまだ低く、安易な設計変更はやりやすかったのではないでしょうか。

■プロポーザル発注にも疑義■

 そもそも、この度の工事の設計業者の選定は、価格競争によらず、すぐれた提案力・技術力をもった業者を選定する目的のプロポーザル方式だったのですが、着工後、これほど多くの設計変更ケ所が出てきたことを考えますと、あえてプロポーザル方式を採用する必要があったのか、それすら疑問に感じてきます。
 「プロポ」などと略して役人は呼んでいますが、自治体ではちょっと流行の発注スタイルかもしれません。設計業者などの選定を入札の価格競争で決めず、提案力などを評価して決めます。創造的な業務、例えば都市計画のマスタープランの作成などの外注において行政が好んで採用しています。カタカナ用語であり、先進的に映りますかね。
 今回の医大の基本設計および実施設計はこの方式により、「県医大病院に強い」とされる京都市内の内藤建築事務所が受注します。着工後、こんなに設計変更のケ所が出てくるのであれば、あえてプロポーザルで業者を選定した意味合いが薄れるのではないでしょうか。
 なぜ入札をせずに、プロポーザルなのか。今度は設計の発注方法にも疑問が出てきました。発注する側にとっては、へたに入札などすれば談合で価格が吊り上げられかねない上、仮に県医大病院に実績がない業者が落札でもしたら内藤建築事務所のようにはツーカーではいかない、とでもいうのか。随意契約なら場合によっては、安価に発注できるし、医大病院の事情をよく知る業者がよいのか。そうした背景があり、プロポーザルを導入したのかもしれません。色々な聞き取りをして、そんな疑問が浮上しました。
 今回のプロポーザル発注は、県が指名した設計五社が提案し、県の審査の上、一業者に決まったというのだから、指名を受けた他の各社が県に提出して採用されなかった技術提案書はどのようなものか、開示請求をしてみました。ところが文書は不存在というのです。着工してまもない時期に廃棄されている。各社からどのような提案が出てきたのか、県民には皆目分からない。
 これまで県が採用したプロポーザル発注のうち、動物の愛護と管理に関する施策を行う「アニマルパーク」新築や障害者療育施設「菅原園」の建て替えの技術提案書については、県が採用しなかった設計会社の提案書はまだ保存されているのです。
 県はしかし、技術提案は、民間企業の知的財産の記録であり、早期の廃棄は妥当というのです。むしろ保存している「アニマルパーク」や「菅原園」のケースに非があるというのです。
 これら二つの施設は、着工前から比較的県民の関心も高く、労働団体や障害者団体も注目していました。しかし精神科医療に対しては県民全般の関心はまだまだ薄く、今回の残念な事態の背景のひとつと言えるかもしれません。冒頭申し上げた入札の延期問題、そして病棟の外壁問題は私の最初の報道の後、県議会が取り上げ、論議が紛糾したこともあり、精神科救急の拠点病院の開設は7ケ月も遅れたのです。
 この度の報道を振り返りますと、もし情報公開の制度がなければ、私も独りでここまでねばりの取材はできなかったかもしれません。
 本日は、情報公開の推進を求めて10年近く運動を続けている西大和ニュータウンのみなさまの会で報告させて頂き何よりでした。
※報告記録に加筆した。   

            (あさの えいこ=自治・分権ジャーナリストの会会員)
                            
 註
(1) 本サイトの「福祉の論点―精神科救急」を参照

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