『マインドなら』(03年12月号より)

第11回奈良県精神保健福祉大会
現役記者招きシンポジウム

テーマ「精神障害者と報道」


 マスコミの現役記者をシンポジストに迎えた奈良県の第11回精神保健福祉大会は、「精神障害者と報道」をテーマに2003年10月29日、生駒市で開催されました。特色あるテーマがインターネットで流れたこともあってか、会場には県外からの参加者も多く、主催者発表で512人が集まりました。
 シンポジストからは「取材記者はみんな素人」「精神保健福祉はマイナーなテーマ」など、マスコミ人ならではの率直な発言が飛び出す一方、刑法39条と病歴報道の関係、競争場裡にあって一歩踏みとどまる勇気といった重いテーマも論議されました。
             
シンポジスト
安東義隆 産経新聞記者。全日空ハイジャック事件で連載ルポを担当。池田小事件の取材班にも参加。
原 昌平 読売新聞記者。精神医療は重点テーマのひとつで、大和川病院や箕面ケ丘病院の実態を暴いた。
浅野詠子 奈良新聞記者。新聞連載「精神科救急―医療と人権の谷間から」を執筆。
小林時治 マインドなら編集部。元新聞社勤務。家族。
猪原 淳(司会) 奈良県精神保健福祉センター所長。

 ■暴力表現に苦情■

【猪原(司会)】 精神障害者の福祉に報道の持つ意味は大きい。施策や法律改正、事件や事故、私たちは報道でそれを知るし背景や影響も理解する。きょうは報道の第一線に携わる方々に来ていただいたので、内容の深いシンポジウムにできたらいいと思っている。

【浅野】 奈良県の精神科救急がスタートした平成12年に、ある家族から「機能していない」との訴えがあり連載記事でとりあげた。そのとき表現には随分配慮し苦労したのだが、結果的に厳しい批判を受けた。切迫した場面の表現が偏見や誤解を招くということだった。この分野では、ときに本人の意思に反する対応が求めれる場合もあり、だからといって警察が介入すれば家族間に修復不能なヒビが入る。救急システムにはソフトとハードの両面が必要と訴えたのだが、不本意な思いをした。
 平成8年に県内で父親が息子を殺す事件があった。家庭内暴力に耐えかねた父親が保健所へ相談したが、対応が不十分だったため絶望した結果だった。当時の新聞記事の扱いは小さかったが、裁判記録を調べると、検察官はもちろん弁護人、裁判官までも「なぜ地域の人に相談して、病院へ連れて行かなかったのか」と繰り返し質問している。それができないからこの父親は困っていた。孤立した家族、遠巻きにする近隣という構図のなかで救急の必要性を訴えたのだが、暴力のシーンが不快だと批判された。

 ■記者は素人■

【安東】 事件があって走り出す記者はみんな素人。原稿を読むデスクや編集責任者も同じ。だが知らないままに専門家や関係者の話を聞き、知識を蓄積して洞察力を深めていく。それが記者というもの。予備知識がないのは精神保健の分野がマイナーだから。私は枚方の生まれで近所に中宮病院があり、子どものころ敷地内によく遊びに行った。それでも新聞記者として全日空ハイジャック事件にぶつかるまで、まったく知識も興味もなかった。一般の人もおそらま同じ感覚と思う。

【原】 大和川病院を含む安田系3病院をつぶした張本人の一人。これは至極明快な悪徳病院の話だった。しかしその背景には隔離型の医療、この問題に対応するときの社会の懐の浅さ、行政や警察の手抜きや癒着があった。手っ取り早く入院させてくれるからと、警察や行政から患者が送られる実態があった。
 一般市民の感覚は、精神障害者はよく分からないので怖いというイメージ。事件報道との絡みで生まれることが多い。
 病院は隔離収容することで市民との接点を閉ざしてしまい、危険なイメージをつくりだしてきた。行政は法律・制度などで差別的扱いをしている。精神保健の教育は行われておらず、新聞記者の知識は一般市民と同じ水準にある。
 池田はまれにみる大事件だった。精神障害者の事件として大きく扱われ、当事者、家族、医療関係者などから多くの批判を受けた。結果的には誤報であったが、ないことを書きたてたわけではない。措置入院をしたのは事実だし、薬を飲んでやったと本人が言ったのも事実。事実と真実の食い違いというべきか。多くの二次被害を生み、その都度修正記事を書いたが、最初のイメージが強くてあまり伝わらなかった。
 新聞は限られた時間内に多くの取材をし、検証をし、情報として伝える、それを他社との競争の中で行うのだが、事実と真実の違いを見極めるには、かなりの知識と力量が必要。一部の週刊誌はいざしらず、新聞は悪意を持つことはないし、差別の意識もまったくないが誤って報道してしまうことはある。だからといって精神障害者のことを触れないのは、かえって隠すことになってよくないと思う。

 ■正しい知識を公教育で■

【小林】 誘拐報道では人命尊重で報道協定ができる。しかし精神障害者の問題では、新聞社同士ではもちろん新聞社内でも扱いのコンセンサスはできていないと思う。マイナーな問題で日ごろは無関心。だから戸惑いが先行するのではないか。国の厚生科学研究「精神科医療における情報公開と人権擁護に関する研究」が平成14年度にアンケートをした。回収率は、全国の精神医療審査会委員51・3%、精神保健福祉センター長83・6%に対し、マスコミの編集長・編成局長は24・8%にすぎなかった。この低回答率は戸惑いの現れではないか。
 精神保健は交通事故と同様、だれもがかかわる可能性のある問題。だから公教育の場できちんと取り上げてほしい。風邪ひきの初期症状はみんな知っているが、精神疾患のそれは体験者以外知らない。だから対応が遅れ、回り道もする。教育で取り上げる必要性について、マスコミも協力してほしい。
 一方で、事件・事故の原因や背景をきちっと点検・検証し、問題点を洗い出して教訓にする作業が必要。これもマスコミの役割のひとつだと思う。そのとき家族は「済んだこと。そっとして」ではなく、辛いが痛みに耐えて協力するべき。大和川病院の告発もそれがあってできた。

 ■マイナーでジレンマ■

【安東】 有事の報道と平時の報道があると思う。精神医療や福祉の状況を冷静に取り上げる平時の報道が必要だが量が少ない。新聞記事には優先順位があって、マイナーなテーマは下位に甘んじなければならない。行政でも精神保健福祉担当課の予算は下位にある。決して軽視してはならないことだが、優先順位に阻まれて記者はジレンマに陥ることもある。

【猪原】 事件の通院歴報道についてはどうか。

 ■病歴・匿名・実名■

【原】 少年事件が匿名になるのは少年法の規定による。それ以外は実名が原則だが、精神障害者が匿名になるのは刑事責任能力の有無が問題になるから。それが偏見を助長してきた側面もある。ただ、最近は一般的に実名を出さない記事が増えているから「匿名=精神」のイメージは薄らぐ方向にあるのかもしれない。だが、事件の背景に病歴が関係しているのなら、最低限その説明がなければ見えてこない記事になってしまう。

【安東】 新聞各社には記者ハンドブックがある。そこには原則実名。例外は少年、性犯罪の女性被害者、精神障害者など。しかし最終的には「バイケースで判断」とされている。
 病歴があるときは匿名にし、その理由として通院・入院歴を書く。これで読み手は推測できる。池田の事件は翌日実名にした。全日空ハイジャック事件では産経新聞は実名報道した。デスクが「これだけの事件を例外扱いでよいのか」と言い、お断りで実名の理由を掲載した。
 最近は小さな事件は匿名、大きな事件は匿名となりつつある。これで「匿名=精神」の受け取り方は少なくなっていくのではないか。読み手は「なぜ」を知りたい。「なぜ」を追求したとき病歴は外せない。それは刑法39条(心神喪失、心神耗弱)があるからで、たんに名前を伏せれば済むということではない。

 【小林】 授産施設や作業所の帰りに事件を起すことはない。全日空はじめ報道された事件は、医療中断、家族も含めての孤立などが背景にあるはず。社会資源のフォローがあれぱ事件は防げることをマスコミは伝えてほしい。

 【安東】 たしかに、そこに至る過程をもっと書くべき。病気イコールではなく、いろいろな原因と過程があって、病気はそのひとつにすぎない。隔離収容で偏見を助長してきたうえに、ケア、フォローのないまま退院させている環境の悪さも、もっと伝えていかなければならない。

 ■病歴は限定的に■

【猪原】 池田事件の後、外を歩くのがつらいと訴える患者が多くいた。社会的な支援体制のことまで書く必要があり、病歴は原因とし外せない場合のみに限るべきと思う。
 正しい情報の不足から生まれる偏見があると思う。防ぐには専門家が正しい情報をタイムリーに流すこと。浅野記者の連載「精神科救急―医療と人権の谷間から」によって、県の救急システムが確立したのは事実。情報は隠せば隠すほど悪い方向に流れる。

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